ベトナム最強の妖怪「クイ・スオン・クオン」
ベトナムの神話に、「クイ・スオン・クオン(Quy Xuong Cuong)」と呼ばれる最強の妖怪がいます。ベトナム最古の妖怪・神話集『嶺南摭怪(リンナム・チック・クアイ)』に登場するこの妖怪は、何と音楽の力で退治されたという、ほかではなかなか聞かない伝説の持ち主です。その物語と、伝説の舞台となったフート省への旅をご紹介します。

画像:Wikimedia Commons(CC BY 3.0)・撮影:Phunghung
枯れた白檀の木が化けた「木の精」
伝説によれば、昔、ベトナム北部のフォンチャウ(Phong Chau)という地に、一本の白檀(びゃくだん)の木が立っていました。やがて木は枯れてしまいますが、その霊力は消えることなく、なんと人を食う恐ろしい妖怪へと変わり果てたといいます。これが「木の精」を意味するモク・ティン(Moc Tinh)、別名クイ・スオン・クオンです。樹木の霊が妖怪になるという発想は、日本の木霊(こだま)の信仰とも通じるものがあり、親しみを感じる方も多いのではないでしょうか。

画像:Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)・撮影:Hungda
音楽で退治された最強の妖怪
この手ごわい妖怪に立ち向かったのが、ベトナム最初の王とされるキン・ズオン・ヴオン(Kinh Duong Vuong)です。彼は武具ではなく、打楽器や音楽の音を用いて妖怪を打ち負かしたといいます。音の力で邪を払うという考え方は、ベトナムの古代文化を象徴する銅鼓(ドンソン銅鼓)の響きにも通じます。実際、クイ・スオン・クオンが現れたとされるフート省周辺は、ドンソン文化の中心地でもありました。祭りの太鼓の音に、古代の人々が妖怪を追い払った記憶が重なって見えてくるようです。

画像:Wikimedia Commons(CC0)・撮影:Gary Todd
千年生き続けた妖怪と、ベトナムの妖怪たち
クイ・スオン・クオンの恐ろしさは、その寿命の長さにもあります。建国の時代から生き延び、なんと10世紀の王ディン・ティエン・ホアン(Dinh Tien Hoang)の時代まで、人々を脅かし続けたと伝えられています。「最強の妖怪」が約千年もの間、幾度も退治の対象になってきたというわけです。
なお、ベトナムの妖怪には、木の精(モク・ティン)のほか、海に棲む魚の精(ニュー・ティン)、ハノイの西湖で知られる狐の精(ホー・ティン)など、自然の力が化けた存在が多く登場します。「妖怪と巡るベトナム」シリーズでは、そんな妖怪たちの物語を順にご紹介しています。
伝説の地を訪ねる — フート省とフン王寺
クイ・スオン・クオンが現れたフォンチャウ一帯は、現在のフート省(Phu Tho)にあたります。フート省の中心・ベトチー(Viet Tri)市には、ベトナム人が最も尊ぶ聖地フン王寺(デン・フン/Hung Temple)があります。建国の祖・フン王を祀るこの場所では、毎年旧暦3月10日(例年4月ごろ)にフン王祭祀が開かれ、全国から大勢の参拝者が訪れます。
- 🚌 ハノイからバス:約2時間、100,000〜150,000ドン(約630〜940円)
- 🚂 ハノイから列車:ベトチー駅まで約2時間
- ⛩️ フン王寺:入場無料(境内は広いので歩きやすい靴で)
- 🛺 境内の電気自動車:片道 30,000〜50,000ドン(約190〜310円)
- 🌸 ベストシーズン:4月の祭祀の時期、または涼しい9月〜11月
ハノイから日帰りも可能な距離なので、ベトナム旅行の際は「ベトナム最強の妖怪」の伝説と、建国の聖地をぜひ訪ねてみてください。
まとめ
枯れた白檀の木が化け、音楽の力でしか倒せなかった妖怪クイ・スオン・クオン。その物語は、ベトナムの人々が森や音、自然の霊に対して抱いてきた畏敬の心を、今に伝えています。伝説の舞台・フート省には、妖怪の物語とともにベトナム建国の歴史が息づいています。
※本記事の画像はWikimedia Commonsからのものです。実際の旅行前に、最新の渡航情報と現地情報をご確認ください。